ある日常の風景 ~萌子の ❤Fallen ㏌ love❤~
「素敵な人だった・・・❤」
(またか・・・)
学校の教室。午後の日差しが差し込む窓際の席で、頬杖を着いてうっとりした眼差しを何処へともなく向け、空想・・・いや、妄想に耽っている友人をチラ見しながら、関わらないようにしようと、櫛笥蘭16歳は視線を手に持っていた本に落とした。
そんなスルー空気満載の友人の机の上に、前の席に座っていた汐崎萌子は、ゴロリと頭を乗せた。
こっちを見ろとばかりに大きく溜息をつきながら・・・上目遣いで蘭の顔を覗き込む。
「聞いてよ~らん~」
甘えた声を出し、友人にせがむ。この手の話は中学からの付き合いである櫛笥蘭の役目と化していた。
・・・が、いい加減にしろっ!!って言いたいほど多い。
何しろこの友人、惚れっぽい。何でそーなると言いたい程よく惚れる。イケメン見ると惚れるのだ。その度にいちいち聞いている友人の身になってみろ!
「あ~、今、この本いいとこだから、またあとでね。」冷たくあしらう。しかし、そんな対応に慣れている萌子はめげなかった。「この間、帰り道でね・・・」話し始めた。
(無視かい!)強力なスルースキル保持者の萌子には、いつも勝てない蘭であった。
聞くと、萌子の惚れた相手というのは学生らしいということしか分かっていないようだった。
学校の帰り道、川縁の土手の下で子犬の鳴き声が聞こえたので目をやると、サラリーマンのような、濃紺のブレザーにブルーとグレーのストライプ棒ネクタイの制服、一見すると学生に見えないが持っているカバンがどう見ても学生カバン。顔も強面で三白眼、近寄りがたい印象を受けたのに、迷子と思われる子犬のお腹を足でウリウリしている時の顔が緩く微笑んでいて、その強面の微笑みに胸キュンしてしまったらしい。
(え?なんでそこで惚れる?)足でウリウリしていたって?それ虐めてたんじゃないの?緩く微笑んでって・・・虐めて喜んでるってヤバイ奴じゃん!
蘭は頭を抱えた・・・(駄目だ・・・此奴の感性は歪んでる)
「悪いことは言わない。忘れなさい!」「えーーー!なんでよっ!いつもみたいに協力してよ!」「いや、動物虐待するような人物は危険です!今度という今度は賛成できません!」
きっぱり言い切る蘭の言葉に萌子は驚いた顔で反論した。「虐待じゃないわよ!遊んでただけよ!それにその後、ちゃんと抱っこして連れて行ってたわよ」「それこそどこに連れて行ったのかわからないじゃない!」「いや!私にはわかる!あの人はいい人よ!一見怖そうな外見に漂う哀愁は世間に理解されていない自分の境遇を嘆きつつ、それでも真の強さを持つ人だけが持つ優しさが滲み出たのが、あの微笑みなのよ!」(なんか物語作ってるーーー!)欄は頭を抱えた。(これはあれか、ヤンキーが野良猫に優しくしたらものすごくいい人に見える現象か!)いや、単に顔が好みだっただけだろう・・・あれこれ理由を付けたって所詮面食いの理論。
「ともかく、そんな情報だけで何を協力しろというの?どこの誰かもわからないんでしょ?もう会えないわよ」「蘭様!つ・・冷たい~」萌子が蘭の机にガシリとしがみつき身を乗り出す。思わず蘭が椅子を引いた。「な・・なによ・・・」「お願い!いつもの明晰頭脳で推理してよ。ヒントだけでもいいから」「ちょ…落ち着いて・・・萌」
パシッ!
その時、蘭の席の後ろ、教室の一番後ろのロッカーの前にある、アンテナのような鉄の棒に稲妻のような光が走った。
比喩ではない。物理的に。
「あ・・・」やっちまった。萌子の目が泳ぐ。
「だから落ち着けって言ったでしょ!」蘭が思いっきり怒鳴る。
実は萌子はちょっと変わった特異体質の持ち主だった。ある事故が原因で感情が高ぶると身辺に雷が発生するようになった。感情の起伏の激しさにより雷の強度が変わるようで、極力落ち着かせるようにしているのだが、もともと落ち着きのない性格なので、よく落雷現象が起きている。そのため、萌子の席のそばには常に避雷針が立っているというわけだ。
(はぁ~)欄は天井を見上げて溜息を付いた。此奴を落ち着かせるには気の済むまで付き合うしかないか・・・
「もう。しょうがないな・・・」「らんさまぁ~♡大好き」「だから落ち着け!」また感情が高ぶりそうな気配を察知し、すかさず釘を刺す。伊達に長年友人をやっている訳でもないので、不本意ながら行動の予測が出来てしまう。
(まあいいか。面白そうだし・・・)欄は内心ニヤリと笑った。いつも突拍子もない行動で周りに騒動を起こす子だが、傍から見ている分には面白い。
そう、櫛笥蘭という子は、自分に火の粉が掛からなければ騒動を楽しんでしまう、ある意味一番性質の悪いタイプの子であった。
「じゃあ、まず、服装が制服だと仮定して、棒ネクタイの学校を割り出して、SNSを利用して・・・」「蘭様~素敵~」
こうして女子高生「汐崎萌子」の『一目惚れ男子高校生大捜索作戦』は幕を開けたのだった。
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